【家紋名】 菊一文字

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菊の花弁が陽光に似ているところから、日本では天皇家の紋章として使われた。鎌倉時代、後鳥羽上皇がとくにご愛用になったことから代々受け継がれてきたといわれる。明治4年、皇族以外の菊紋使用禁止令が出された。


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菊一文字 みんなの家紋のはなし
【名字】當麻 【都道府県】奈良県

當麻氏は、用明天皇と葛城直磐村の娘広子との間に生まれた麻呂子皇子が當麻公と称したことに始まるという。當麻公と称したのは、母広子の出里當麻の地名をとったものと推測され、同地は大和国葛下郡にある。
當麻公氏が歴史にあらわれるのは當麻公広嶋がはじめで、天武元年(672)六月、吉備国守であった広嶋は大友皇子方の手によって殺害された。この事件は、壬申の乱が勃発する直前のことであり、當麻氏が大海人皇子(のちの天武天皇)方にあったことを示している。天武十三年八色の姓が制定され、十三氏が真人の姓を受けたが、そのうちに當麻公国見が真人となっている。さらに、『天武十四年紀』には、當麻真人広麻呂が壬申の功により直大壱位を贈られたことが記されている。
以後、當麻氏の名は、奈良時代、平安時代の史料にもみえ、中級官人として朝廷に出仕していことがうかがえる。
【投稿日】2017/06/07 10:16:21
【投稿者】いたまえさん
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